日蓮宗長唱山大立寺
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コラム


平成24年3月作成

○インド仏跡参拝紀行文(1)

■はじめに

 今回のコラムは、平成24年3月3日から3月11日の9日間、私が所属しております「京都日蓮宗青年会」主催の「インド仏跡参拝の旅」に参加したときの様子を、個人的な感想を中心にまとめたものです。

 本来ですとブログに載せるべき内容だと思いましたが、今後インドにお参りされる方のために、データとして残しておけるよう、ホームページの方に掲載致しました。

 インドはまさに開発途上国という印象を受けました。インド独特の「変わらないでおこう、このままでいい」という雰囲気も感じましたが、デリーなどの都市は国民によってか外国によってかどんどん近代化してきているように見えました。
 このコラムをご覧になる方は、平成24年の3月現在のインドのお話で、また一個人が感じたことであるということを踏まえて読んで頂きたいと思います。



■1日目(3月3日)

 この旅の参加者が集まり、添乗員さんから旅の説明を受けたのは1月29日。それから約1ヶ月をかけてゆっくり準備をしていきました。長期旅行は初めてでしたので、まずは大きなスーツケースを買うことから始めました。
 少しずつ準備していたものの、結局、用意が整ったのは出発前日遅くでした。チキンラーメンからカロリーメイト、空いた時間に読もうとしていた本まで入れてたら仕方がなかったのですが…。最後は、インド航空の預入れ荷物重量制限である23kg以下を達成しているか、体重計に乗って測っていました(笑)



 そして、翌朝8時半出発。体にたくさんの物をぶら下げ満を持して、インド仏跡参拝の旅が始まりました。



 関西国際空港へは、MKスカイゲイトシャトルというのを使いました。乗り合いタクシーですが、ツアーの集合時間に間に合うように玄関まで迎えに来てもらえ、大きな荷物も運んでもらえます。



 飛行機は、関空発、香港経由(着陸しますが飛行機からは降りませんので直行便?)、インド/デリー国際空港行きAI-315便でした。
 ホーリー(詳細は次コラム)に合わせたからか、インド旅行のベストシーズン(10月~3月)だからか、大学生は春休みだからか、そのどれもが原因だと思いますが、関空の搭乗手続きは満員でした。



 横9列あるジャンボジェットに乗って、いざ出発。時間通りに離陸しました。
 座席の前には液晶モニターが付いており、音楽や映画などが見られるようになっていました。日本語吹き替え番の映画は少なかったですが。



 昼食に早速カレーが出て、インドが始まったと実感しました。インドの情報誌(「るるぶ」「インドの歩き方」など)や青年会で作った「旅のしおり」を熟読し、ご飯を食べて、映画を見ていたらあっという間に、約12時間の空の旅は終わりました。

 デリー国際空港は大変大きく綺麗な場所でした。近年、開港したらしく、前回5年程前にインドに来たという参加者も、その変わり様に驚かれていました。



 ツアーだからか驚く程簡単だった入国審査を通過して、ついにインドに足を踏み入れました。
 諸々の手続きを終え、いざバスを目指して歩き出すと、夜中にも関わらず多くのインド人が、タクシーやバスの案内のため、紙を持って立っていました。
 事前に、インドに降り立ったらまず詐欺に遭うと聞いていたので、これが個人旅行者に声を掛けてくる人達かとゾクッとしました。確かに真面目に仕事をされている方もおられると思いますが…。現に、私の後輩は、デリーに行きたいと言っていきなりアグラに運ばれ、膨大な金額を請求されたと聞いています。

 と思いながら、そんなことはツアーの私たちには関係のないお話で、予定通りバスのお迎えがありました。 花輪を首から掛けてもらってのお出迎えでした。





 それからガイドさんを簡単に紹介してもらいました。グプタさん(左)とカンナさん(中)です。お二人とも日本語ペラペラで大変助かりました。日本語は、学校には通わず、独学で身に付けられたということでした。この9日間、ホントに日本語を流暢に話すインド人を老いも若きもよく見かけました。やはり、「生活がかかっている」からなのでしょうか。ちなみに右の方が、今回の添乗員の落合さんです。

 参加者が43名とインドの旅にしては大変大きな団体でしたので、バスは2台ありました。それぞれ別れて乗車し、バスの中で、インド紙幣(ルピー、1ルピー=約2円)や水を配ってもらい、インドの紹介をして頂きました。

 その中で印象的だったのが、「インド人はウソ付かない」というお話でした。
 インドには、相手に「知らない」と言うことは失礼だという文化があるそうです。だから、道を尋ねられると知らなくても、とりあえず「あっちだ」と伝えるそうです。そのため、皆がバラバラなことを言っていることもよくあるそうです。しかし、これは「ウソ」ではなく、文化からの発言で、相手のことを思ってのことだそうです。でも、やっぱりそれは「ウソ」なわけで…(笑)知らないという方がよほど相手のことを思っている気がするのですが…(笑)



 何はともあれ、8時半にお寺を出て約19時間後、無事一泊目のホテルに到着しました。寝るだけなのに、5つ星、最新のホテルでした。見た目はいかにも豪華という感じだったのですが、ちぐはぐ感が面白かったです。

 エレベーターの昇降にも部屋のカードキーをかざすようになっていました。これは自室の階とフロントの階にしか行けないということです。ちょっと下の階に行きたくても簡単には行けないのです。その上、時間になったら動くエレベーターは限られていました。これは節電?それなのに、実は職員用エレベーターはカードなしでどの階にも行き来ができ、そのエレベーターには誰でも乗れました。カード式にした意味あるのかなと不思議な感じでした。実に面白い(笑)



 就寝前にスタッフミーティングを開き翌日の確認をし、眠りに就いたのは日本時間5時でした。ちなみにインドとの時差は3時間半です。だから、現地時間でも1時半だったわけで…。しっかり栄養剤を飲んで寝ました(笑)



■2日目(3月4日)

 朝目が覚めて外を見ると、まさに開発途上という光景が広がっていました。



 昨晩は、空気悪いなぁとしか感じなかったのですが、目で見るとまさに作りかけという感じでした。
 空気という点では、空港を出てバスを待っている間に、元々鼻炎持ちの私は鼻が詰まってきてのどが痛くなったので、すぐにマスクをしました。公害なんて何のその、とにかく今は作れ!という感じで、街が大きくなっていく様をまじまじと見せつけられたという感じでした。前述のエレベーターの件もそうかもしれませんが、文明の発達に文化が追いついていないのだと思います。日本の50年くらい前と同じなのではないでしょうか。

 2日目、本格的なインドの旅はこの日から始まります。まずは、ニューデリーにあるガンジー記念博物館に行きました。ちなみに、ニューデリーは、オールドデリーと共にデリーの中にあります。ニューデリーはイギリス統治下にあった時に区画整理がなされた地域をさし、オールドデリーはそれ以前のインドのままの地域をさします。



 ガンジーはインド人にとってはヒーローのような存在です。非暴力・不服従運動によるインド独立の父と呼ばれる人物です。アパルトヘイト下のアフリカで弁護士をした後インドに帰って政治活動を始めました。インド独立記念日8月15日とガンジー生誕日10月2日は国民の祝日になっています。また、紙幣には全てガンジーの肖像画が描かれています。この博物館には、生活をされていた部屋や遺物が公開されていました。



 多くの名言を残されたことでも有名で、その1つが掲げられていました。



 こんな言葉を言えるような生き方をしたいと大変感銘を受けました。



 建物から外に出ると「足跡」の置物が何個も連なってありました。これは、庭に集まる民衆に対してお話をされる場所まで続いていました。



 この場所は、集まった民衆の中にいた一人の青年によって、ガンジーが至近距離から銃殺された場所だったのです。そしてこの足跡は、ガンジーの死までの軌跡を示す物だったのです。
 参加者と共にこの場所で御題目三唱させて頂きました。



 それから、ラージガート、ガンジーを荼毘に付した場所へ行きました。今でもその火は燃え続けていました。





 ここはインド人にとって大変大事な場所ですので、インド全国からたくさんの人がお参りに来られていました。

 お昼は街のカレー屋に行きました。インドらしい料理のコース1回目。この後ずっとほぼ同じ物が続くことになるとは思っていませんでした…。ので、美味しくたくさん頂きました!!タンドリーチキン、数種類のカレー、ラッシー(飲むヨーグルトのような飲み物)…。







 お米は細長くてパサパサしているインディカ米でした。辛いカレーには合うのかもしれません。やはり、少しふっくらもちっとしたナンが美味しかったです。



 このナンは、インド人も家ではあまり作らず、外で食べる物だとガイドさんが言っていました。家では、それより薄い、小麦をのばしただけのチャパティを食べるとのことでした。



 ちなみに、インドでは手でカレーを食べるイメージが強いですが、手で食べるのは南インドの方で、北は食器を用いるのが一般的だということでした。言語が17もあるように、国が大きく広いので、文化も多様化しているようです。

 ついでに手の浄・不浄のお話ですが、インドでは右手は清浄な手、左手は不浄な手とされています。ご飯は必ず右手を使って食べます。握手や頭をなでたりするのも全て右手です。左手でも構わないのになと思っていたのですが、しっかり区別する理由をガイドさんからお聞きしました。
 それは、トイレで大きい方をすると、まさに左「手」で拭いて、その手を洗われていたからだということでした。これはもう昔の話かもしれません。また、左手が不浄だから左手で拭いていたのか、左手で拭いていたから左手が不浄なのかは分かりません。しかし、この説明を聞いて、手をしっかり使い分ける必要があることは納得出来ました。


 昼食後は、ラール・キラー(レッド・フォート)というお城の見学に行きました。



 インドには様々な宗教があります。人口の8割はヒンドゥー教徒、1割がイスラム教徒、そして残りの1割にキリスト教徒、ゾロアスター教徒、シク教徒、仏教徒がいます。仏教発祥の地ではありますが、インド人の仏教徒は0.1%しかいないそうです。
 様々な宗教が混在していますが、日本のように一個人で様々な宗教的行為をするということはありません。 日本人のように、お宮参りをして、ウェディングドレスを着て、お墓にお参りをするということはありません。皆、程度の差こそあれ、それぞれの宗教に従って、生活されていました。



 話がそれてしまいましたが、要するに街には様々な宗教・文化を反映した建築が見られるということです。このラール・キラーはイスラム勢力であるムガール帝国のお城でした。



 インドの大反乱(1857年)の際、イギリスがこの城を接収し、呼んだ名前がレッド・フォートです。





 上の写真は、国王が民衆と謁見されたという間です。綺麗な装飾が施されていましたが、鳥の糞よけか網で囲まれていてあまり近づけませんでした。

 それから、オールドデリーを歩いてみました。ラール・キラーを出てすぐ前の所には、道を挟んでバザール(露店市場)が開催されていて人でごった返していました。



 車がすごい勢いで行き交う信号機の無い道を「みんなで渡れば怖くない!!」というインドの大原則に従って渡り、ゴミだらけの道を、人の活気を感じながら歩きました。野菜、果物、よく分からない揚げ菓子。古着に、よく分からない機械など色々な物が売られていました。









 歩き始める前にガイドさんから注意がありました。「ここにいる人の半分はスリだと思って下さい。」荷物をしっかり身につけて気を付けて歩きました。本当の人混みには入っていかなかったからか、全員無事帰って来られました。ただ歩いただけですが、インドらしさを味わえた体験でした。

 そして、デリーを離れる前に寄ったのが、宝石屋さんです。



 インドに行く前に、インドに行ったら買おうとしていた物がいくつかありました。その1つがラピスラズリーという宝石です。日本名は瑠璃(るり)です。お経の中に出てくる宝石で、一番上位になります。仏教だけでなく世界各地で『聖なる石』とされてきたパワーストーンで、幸運を導き邪気を払うとされています。
 思っていたよりも高かったのですが、寺宝にすればという思いで、思い切って買いました。人生で初めて宝石を買ったので、相場もよく分からず上手く買えたのか分かりませんが、インドのお土産として満足しています。



 ここでインドでの買い物のお話をしておきます。

 物価は日本の10分の1くらいと思っていたので、基本的に全て高いと感じました。特にホテルの飲み物。ビールは1本300ルピー(600円)でした。日本と同じ…。
 お土産も、インド人は日本の相場を知っているからか見事に10倍くらいの値段を言ってきます。その際、ホントに平気な顔をしています。物によって日本との相場が違いますが、インドの相場に合わせるためにも交渉は10分の1から始めたらいいと思います。ホントに無理そうな顔をしていたら上げていけばいいと思いますが。ちなみに、飲み物はホテルですので固定でした。

 宝石屋さんもそうでしたが、日本人向けのお店があります。店員が日本語ペラペラです。こういうお店は、物の保証はある程度されているものの、高い。今や日本で良い物が安く買える時代なのに…。そこそこの値段の付いた物でもせっかくインドに来たのだからと旅行者としてお土産を買うことを楽しむか、日本でも同じような物は買えるからインドでは買わないようにするか、迷う所だと思います。個人的には、あまり旅をしないので、せっかくだからと予算を決めて買い物を楽しむことにしていました。

 もう一点感じたことは、ホテルのビールがその典型ですが、「日本人用の」値段を受け入れるのもありかなということでした。ノブレス・オブリージュ(英語ではnoble obligation)という考え方があります。「高貴さゆえの義務」という意味です。
 簡単にいうと、お金を持っている物はそれ相応の義務を負担しなければならないということです。少し使い方間違っているかもしれませんが、日本人はインド人に比べてやはりお金持ちだと思います。「同じ物を買う際に、1万円持っている物が100円払うのと、100万円持っている物が100円払うのとは平等ではない。100万円持っている物は1万円で買わなければならない。」というような考え方です。
 そう考えると、インド人が平気な顔で、我々日本人に高値を言ってくるのも分かります。ホテルで日本人用の値段があるのも納得出来ます。そうすると、値切りの交渉をしていたことが恥ずかしくもなりますが…。

 ということも頭をよぎっていましたが、自分は"一般的日本人"から見てどれくらいだろうと思いながら、値段の交渉が出来る物に関しては、無茶を言わない程度に、分をわきまえて、値切り交渉は続けました。宝石屋さんで「ぼられた」という思いをかき消しながら(笑)


 この後、ガヤへ向かう寝台列車に乗り込むことになるのですが、ここからガヤへ到着する3日目早朝に掛けても、なかなかたくさんの経験をさせて頂きましたので、この2日目夕方からは次回のコラムに回したいと思います。

 長丁場の報告になる予感がしますが、またご覧になりに来て下さい。

>> 続く >>



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○日蓮宗について

○お坊さんの呼び方

○お線香のあげ方

○お数珠について①

○お数珠について②

○お数珠について③

○御札の祀り方

○金封(のし袋)について

○「祈り」について

○花の供養について

○お灯明について

○お経本のご紹介

○大立寺のお盆①

○大立寺のお盆②

○「お膳」について

○塔婆について

○木魚と木鉦

○お仏壇について①

○お仏壇について②

○お墓について①

○お墓について②

○布施について

○お経とは

○インド仏跡参拝紀行文(1)

○インド仏跡参拝紀行文(2)

○インド仏跡参拝紀行文(3)

○インド仏跡参拝紀行文(4)

○インド仏跡参拝紀行文(5)

○インド仏跡参拝紀行文(6)

○インド仏跡参拝紀行文(7)

○インド仏跡参拝紀行文(8)

○インド仏跡参拝紀行文(9)

○インド仏跡参拝の旅 
 まとめ動画 


○東日本大震災第三回忌に臨んで(前編)

○東日本大震災第三回忌に臨んで(後編)
  
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